toraのCulture日記

クラシックコンサート、映画、読書の感想を書いています

東京交響楽団 & ミューザ川崎「モーツアルト・マチネ 2026-2027」のチケット・セットを取る / 斉藤友彦著「新聞記者がネット記事をバズらせるために考えたこと」を読む

19日(金)。毎週木曜日の朝日新聞夕刊のコラム「吉田純子と近藤康太郎の音楽閑話」は今回、吉田さんの出番でした。吉田さんは「死の隣の生 解き放つフレーズ」という見出しのもと、一昨年69歳で死去した作曲家の西村朗、2014年に亡くなった指揮者クラウディオ・アバドについて言及したうえで、自身の幼少時の死に対する恐れ、死と音楽について概要次のように書いています ⇒

「小さい頃の私は、死というものが怖くてたまらなかった。そんな時、一番近くで笑っていたのがモーツアルトだった・・・死の隣で生きているということを、私たちは忘れながら、いや、忘れようとしながら日々を生きている。音楽を聴くことは、必ず訪れる『いつか』を心穏やかに迎え入れるためのレッスンなのかもしれない」

この文章を読んで思い出したのが、モーツアルトが故郷ザルツブルクの父親にあてた1787年4月4日付の手紙です ⇒

「死は、厳密に考えますと、僕たちの真の最終目標なのですから、僕は数年この方、この人間にとって真の幸福への道、最上の友と非常に親しくなっています。ですから、死は恐ろしいものであるどころか、むしろ心を安らかにし、慰めてくれるものなのです」

私はモーツアルトのように「死は最上の友」と達観することは出来ません。音楽を聴いて「(死を)忘れようとしながら日々を生きる」ということでいいんじゃないか、と思っています

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東京交響楽団 & ミューザ川崎モーツアルト・マチネ 2026-2027」(全4回)のチケットをミューザ友の会先行発売で取りました。ちょっと出遅れたので1階通路側席が取れず、通路から2つ目を押さえました

     

プログラムは下のチラシの通りですが、このシリーズはハズレがありません。プログラム内容も出演者も申し分ありません。全4公演の中で私が一番期待しているのは再来年3月のモーツアルト「グラン・パルティータ K361」です。大好きな曲ですが、なかなか生演奏で聴く機会がありません。この曲の「アダージョ」は映画「アマデウス」で、サリエリモーツアルトの天才を確信する曲として使われました

5月公演では、医師の免許を持つ異色のヴァイオリニスト石上真由子の弾くモーツアルト「ヴァイオリン協奏曲第1番 K207」が楽しそうです。9月公演では次期音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティの指揮するモーツアルト交響曲第38番”プラハ”K504」とシューベルト交響曲第2番」が楽しみです。10月公演では奥井紫麻の弾くモーツアルト「ピアノ協奏曲第20番K466」が期待大です

     

     

ということで、わが家に来てから今日で3993日目を迎え、米政府は17日、新生児向けの投資口座「トランプ口座」の詳細を発表したが、米政府が口座に1000ドル(約15.5万円)を拠出し、保護者や企業の上乗せ拠出も認めて米株指数連動ファンドなどで運用する内容となっている  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     トランプは 自分の名前がレガシーとして後世に残るように画策してる

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昨日、夕食に「豚肉と白菜の生姜炒め」と「シメジの味噌汁」を作りました。あとは娘が作った「鶏肉とヒジキと もち米のサラダ」です。「豚肉~生姜炒め」は新聞の「料理メモ」を参考にして初挑戦しましたが、見た目よりも美味しくできました

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斉藤友彦著「新聞記者がネット記事をバズらせるために考えたこと」(集英社新書)を読み終わりました。斉藤友彦は共同通信社デジタル事業部担当部長。1972年生まれ。名古屋大学文学部卒業、1996年共同通信社入社。社会部記者、福岡編集部次長(デスク)を経て2016年から社会部次長、2021年からデジタルコンテンツ部担当部長として「47NEWS」の長文記事「47リポーターズ」を配信。2024年から現職

     

著者は新聞社の記者ではなく、共同通信社という「通信社」の記者なのに、なぜタイトルに「新聞記者が~」と付けているのか、と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。これは、共同通信社は独自の取材により書いた記事を、提携する地方紙などに配信し、地方紙などはそれを自社の記事として掲載する仕組みになっているからです。つまり、新聞に載せるための記事を書く通信社の記者は、新聞記者と同じ立場だということです

著者は「はじめに」の中で、若き記者時代にある出版社の編集者から「新聞記者って、文章うまくない人が多いんですよね」と言われてショックを受けたことを書いています

「記者は文章を毎日書いているし、散漫にならず、要点を簡潔に、コンパクトに、無駄なく書くよう教育されている。だから彼の言葉は心外だった。しかし、自分が新設されたデジタル向けの記事を出す『デジタルコンテンツ部』に配属されて、初めてこれまでの書き方では記事が碌に「読まれない」と気がつくようになった」

本書では、①新聞での書き方とデジタルの書き方を比較し、両者がいかに違うのか、新聞記事という「特殊な世界」を紹介し、②デジタル記事が試行錯誤の末、最終的にどういう形態になっていったかを実際の記事を例に挙げながら解説、③なぜデジタル記事ではスタイルを変える必要があるのかを説明、④最後にオールドメディアの代表格である新聞がデジタルの世界でどうなっていくのか、生き抜くためにどうすべきかについて提言しています

本書は次の各章から構成されています ⇒

第1章「新聞が『最も優れた書き方』と信じていた記者時代」

第2章「新聞スタイルの限界」

第3章「デジタル時代の書き方」

第4章「説明文からストーリーへ」 ~ 読者が変われば伝え方も変わる

第5章「メディア離れが進むと社会はどうなる?」

このうち「第1章」で語られているのは、共同通信社で先輩から受け継がれてきた「逆三角形スタイル」の書き方です。これは重要なポイントをできるだけ記事の前に置き、配信を受けた新聞社が記事を途中で切って紙面に掲載しても、意味が通じるようにするというスタイルで、読者へ効率的に情報を届けるには、最も優れた技法とされてきました。言うまでもなく、新聞社で書かれる記事も同様です。個人的なことですが、ン十年前に大学の新聞学科の授業でこのスタイルを知りました

「第2章」で語られるのは、新聞記事スタイルの記事がデジタル媒体では敬遠される実態です。週刊誌はなぜ読まれるのか、Z世代は「長文は読めない」、新聞記事のとっつきにくさなどについて解説しています

「第3章」では、読者にストレスを与えない書き方の重要性、短い文章がリズムを生む、読まれる「見出し」の付け方などについて説明しています

「第4章」では、記事にストーリー性を持たせることで読者の共感を生み 読まれるようになること、書き方が変われば取材も変わることなどについて語っています

「第5章」では、オールドメディアはオールドのためのメディア?、サブスクは月にわずか数百円だが新聞は?、新聞衰退の本当の原因は?などについて解説しています

私はこれまで「文章の書き方」に関する書籍はかなり読んできたと思いますが、本書はこれまで読んだ本の中で最も参考になり、大きな影響を受けました。新聞スタイル、デジタルスタイル両方の記事の書き方を実践上の経験を踏まえて書いているので、具体的で分かり易く説得力があります。ブログを書く上で、見出しの立て方や本文の書き方を見直さなければ、と思っています。その意味では、ブログやSNSで自分の考えを発信している方には大いに参考になると思いますので、お薦めします

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今日は東京芸術劇場東京都交響楽団「第1031回 定期演奏会Cシリーズ」を聴きに行きます。指揮は直立不動のあの指揮者です🐯