3日(水)。昨夜22時45分からNHK Eテレで「ジョイス・ディドナート ~ オリンピアのエデン」という番組を放送していました。ギリシャの古代遺跡を背景に、つい先日サントリーホールで聴いた世界のディーヴァ、ジョイス・ディドナートが、古楽集団イル・ポモ・ドーロの演奏に乗せて、グルックやヘンデルなどのバロック・オペラのアリアやマーラーの歌曲(リュッケルトによる5つの歌)を歌っていました。どうやら「1時間ものの映画」というスタイルの映像作品でした。歌われていたアリアや歌曲などはほとんど知らない曲ばかりでしたが、さすがはディドナートといった歌唱でした。最後の曲が「オリンピック讃歌」だったのは、タイトルが「オリンピアのエデン」だからでしょう。不思議な映像作品でした
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昨日の朝日朝刊に「ヒルズの原点 ~ アークヒルズ40年(下)」という記事が載っていました。「カラヤン助言ホール 先駆け」という見出しにより、1986年にサントリーホールがアークヒルズでオープンした時のエピソードを紹介しています。記事を超略すると以下の通りです ⇒
「サントリーホールは緻密に計算された音響だけでなく、ホワイエでアルコール飲料を提供したり、上着や手荷物を預かる本格的なクロークを設けたりしたのも日本で初めてだった。堤剛館長によると、サントリーにはもともと府中市にある工場の敷地にホールを建てる計画があった。そこへアークヒルズ開発の話が舞い込み、都心での建設が始まった。83年、ベルリン・フィルが本拠地とする『フィルハーモニー』を視察団が訪問した時、カラヤンは『ヴィンヤード(ブドウ畑)』と呼ばれる、舞台を囲むように客席が配置されたホールの形を強く推した。演奏者と聴衆の一体感が生まれるとの説明だった。カラヤンのこだわりは内装に使う木材や客席に張る布の種類にまで及んだ。それらを採り入れて、86年秋にサントリーホールが完成した。ホール前の広場は『カラヤン広場』と名付けられている。ホールは来年3月から改修工事で半年間休館する。ホールの構造や材質などは変更せず、より長く使い続けるためのメンテナンスが中心となるという」
今から40年前の開館当時は「あれはサントリーが自社のウィスキーやビールを売り込むために作ったホールだ」などと揶揄する声も聞かれましたが、今では誰もそんなことは言わないでしょう。それでも私は、サントリーホールでアルコール類を飲んだことは一度もありません。お酒を飲んでクラシック音楽を聴く などという器用なことはできません。お酒を飲んだら判断力が鈍ります。ブログどころではなくなってしまいます

そんな私ですが、サントリーホールは最も多く通っているコンサートホールです。昨年は190回コンサートに通いましたが、そのうち66回がサントリーホールでした(大ホール:59回、ブルーローズ:7回)。定期会員になっている在京オーケストラのほとんどの会場がサントリーホールなので、当然と言えば当然ですね
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外山滋比古著「こうやって、考える」(PHP文庫)を読み終わりました。外山滋比古(1923-2020)は愛知県出身。東京文理大学英文科卒。お茶の水女子大学名誉教授、文学博士、評論家、エッセイスト。主な著作に「思考の整理学」、「ものの見方、考え方」など多数

本書は2017年9月にPHP研究所から刊行された単行本を文庫化したものです
「はじめに」に書かれているように、本書は編集部からの「発想力や思考力を磨くヒントになるような箴言集を、これまでの著作から抜粋して作らせてほしい」という申し出を受けて出来た本です
1ページに1篇の箴言がエッセイの形で収められていますが、便宜的に次の7章に分類されて紹介されています ⇒
第1章「発想力を鍛えるヒント」
第2章「思考のプロセス」
第3章「思考力を高める方法」
第4章「知性を磨く生活」
第5章「思考につながる読書」
第6章「発想が豊かになる”おしゃべり”」
第7章「未来を創るヒント」
全180ページの薄い本なので、あっという間に読了しますが、1文1文の内容が深いので、考えながら読み進めることになります
全文を読み終わって気がつくことがいくつかありました。その最大のものは「忘れることを怖れるな」ということです
「忘れることを怖れない」では、「悪玉忘却は頭のはたらきの衰えであるが、善玉忘却は頭のはたらきをよくする」としています
「創造的忘却」では、「知識によって人間は賢くなることが出来るが、忘れることによって、知識のできない思考を活発にする」と書いています
これに関連して「忘却してから記憶する」「活発に忘れる」などのエッセイがあります
これらのエッセイは、忘れることは必ずしも悪いことばかりではなく、新しいことを始める準備にもなることを教えてくれます。物忘れが激しい私には福音です
それとは逆に「忘れてはならないことを忘れないようにする」ための知恵として、著者はメモを取ることを薦めています
「メモの習慣を身に付ける」では、「アイディアはいつどこであらわれるか知れない。アイディアを捉えようとしたら、寝ても覚めても、来らば逃がさじ、と準備の構えを怠ってはならない。その準備がメモというわけである」と述べています
「つまらぬことこそメモをする」では、「つまらぬことだからというのでそのままにしておくと、いつまでも心にわだかまりになる。自由な考えを妨げる。むしろつまらぬことこそメモして忘れるようにしてやった方がよいのだと思うようになった」と書いています
このことは、現役時代から現在に至るまで私が実践している習慣です。卓上やパソコンの傍にはメモ用紙があり、ベッドの枕元にもメモ用紙と筆記用具があります。また、コンサートでは楽章間や休憩時間に演奏内容をメモするため、ボールペンは2本携行しています(休憩時間中にボールペンを失くした経験があるので2本用意している。とは言うものの、書いた字が読めないことが多々💦)
「外付けHDDとしての日記をつける」では、「忘れようと思ってもなかなか忘れないことでも、書いてみると、案外あっさりと忘れることができます。書いて記録にしてあると思うと、安心して忘れることができるのです。日記をつけるのも、記録しておきたいという気持ちが主ですが、実際は日記をつけることで、安心して忘れられるということが少なくありません」と述べています
これは私のブログ執筆に言えることです。ブログは日記代わりに書いているので、書いたことは忘れてしまいます。次の瞬間には翌日以降のコンサートの予習に取り掛かっています
経験から、その通りだと思ったのは「朝食前の時間を使う」です ⇒
「どうも朝の頭の方が、夜の頭よりも優秀であるらしい。夜、さんざんてこずって、うまく行かなかった仕事があるとする。これはダメ。明日の朝にしよう、と思う。朝になって、もう一度、挑んでみる。すると、どうだ。ゆうべはあんなに手に負えなかった問題が、するすると片付いてしまうではないか。昨夜のことがまるで夢のようである」
夜にコンサートのない日は、娘と夕食を取りながらビールかワインを飲んでいるのですが、風呂から出て、ベッドで横になって本を読み始めると、10分も経たないうちにいつの間にか寝落ちしているのが常です。そこで、翌朝5時半ごろに目が覚めた時に、二度寝しないで前夜読んでいた本を再び読み始めました。すると、頭が冴えてすんなりとストーリーが入ってきました。その時思いました。これからも読書の途中で寝落ちした時は、翌朝二度寝しないで続きを読むことにしようと
以上のほか印象に残ったのは「失敗からセレンディピティを得る」というエッセイです。「人間は、一生懸命ですることより、軽い気持ちですることの方が、うまく行くことがある。なによりおもしろい。このおもしろさというのが、化学的反応である。化学的なことは、失敗が多い。しかし、その失敗の中に新しいことがひそんでいることがあって、それがセレンディピティ(思いがけないことを発見する力)につながる。セレンディピティは失敗、間違いの異名である」と書いています。これは日常生活の中で頻繁に遭遇する出来事に言えることだと思います
本書は感性豊かな生活を送る上での発想力や思考力を磨くヒントを与えてくれる良書です。広くお薦めします🐯